やっぱコレだね2009/07/25

「特攻隊が」じゃなくて一部の人は普通に使ってたんだよ~。
店主が特攻隊の存在を知ったのは小学校に入る前だったと思います。ラジオ体操に行く道中祖母がその名前を口にしたからでした。その頃には震電のプラモデルをお土産として祖父母にもらっていたので、とっくに旧日本軍機に興味を持っていた訳です。

子供の頃に書店に沢山あった子供向けの「○○大百科」で旧日本軍機について調べたりしましたが、小学校で先生に聞く話はどれも日本軍を馬鹿にするような話ばかり。そんな影響を受けかけた頃より自分で資料を見て勉強し、自分なりに情報をまとめてからの方が祖父は戦争の話をいっぱいしてくれるようになりました。

ただ、1つだけ言える事は、酔って戦争話を語る男はモテない!そういうこと。

こんにちは。たまにはお店の事を忘れてリクエストに応えるささやかなサービス精神モジュール店主です。たまに「戦争の話のブログ楽しみにしてるんですよ。」と、意外な事を言ってもらえるので、本当はスッゴク嬉しいです。もうこればっかりは止められないので興味の無い方は黙ってスルーでお願いします。

でもね、良い話ですよ。

過去に対して否定的な大人の話をよく耳にしたのはアレやらコレの影響。今戦時中話が好きな若者が居るのもアレやらコレの影響。そんな事には興味が無いのですが、恐らく今よりも過酷だった時代を生き抜いた祖先に対する感謝。ただそれだけです。前にも書いたとおり、過去の飢饉・疫病・戦争・・・全て生き抜いた人達の子孫が今生きてる全人類ですからね。子孫を残して亡くなった方はこの際ノーカウント!

鹿児島県の知覧に行った目的の1つが、ある特攻隊員の遺書でした。これも過去の日記に書いたと思いますが、ギャル風の若い女性もその遺書を目的に来ていたらしく「早くどいてくれないかなぁ。」と思いながら大して興味の無い資料の前でジッと待っていました。

プライベートで相当話をしていますが、このパイロットの穴沢利夫さんは遺書が美しく感動的であるとして有名な方。遺書は長いので紹介しているサイトを貼っときます。http://www.interq.or.jp/classic/jupiter/sekibetsu/ 絶対見た方が良いですよ。

ふざけたような他の方が残した遺書も実在するのですが、そんな遺書の方が二十歳前後の若者らしくて切なくなったりもします。

特攻隊は遺書を残す事が出来ましたが、南方の島々やビルマ、アッツ島・・・家族を思いながら餓死・病死した方も相当な数です。フィリピンでも隊を離脱しヨロヨロになって撤退してきた日本兵が、島民に家族の写真を日本に送って欲しいと頼んだ事があるそうです。確かその願いは叶わなかったんですが。

昔の人の方が偉かったとか、日章旗を掲げたいとか、加害者としての視点だとか、民間人が空爆で死んだとか、1番の責任者は誰だったとか、そんな事は置いておいて、逆らえない荒波にのまれても家族や恋人や友人を想っていた一個人の姿は素直に心に響きますよ。穴沢さんの日記に書かれていた言葉は本当に素晴らしい。

それに引きかえ、覚醒剤の症例として特攻隊の名前を挙げていた日本政府の○○省のホームページ。覚醒剤製造の歴史を消そうったって知ってる人は知ってるんですからね。まだ体験者が生存しているにも関わらず、あまりに思いやりの無い態度。

皆さん必ず選挙に行きましょうね~。