※食事中注意!2020/11/27

まだまだ晴れの日の午前中はバイクに乗れるので楽しみですが
そろそろ晴れの日の朝は薪ストーブが必要な冷え込みです。

薪を積んで火をつけて、まだ白い煙が立ちのぼっている間
どういう訳かいつもまるでロマンのない事を思い出します。

25年位前にインドに行ってとある街に居た時の事。
散歩中にうっかり火葬場に足を踏み入れてしまったものですから
ちょっと遠まきに作業している様子を眺めていました。

大量の薪が用意されてそれを使って火葬していく訳ですが
裕福な人は大量に薪を用意し、貧しい人は少量の薪しか用意できません。
貧しい人は完全に灰になる事なく聖なる河へ流されるとの事。
死んでも貧富の差からは逃れられない・・・と言われました。

河にはワニが出るので危険だと聞いていましたが
お風呂代わりに身体を洗う子供や洗濯をする人も居ます。
沐浴と言って河に浸かる人達も居ましたが
インドに全く興味なく行った店主は冷ややかに見ているだけでした。

薪ストーブの炎が安定しアロマの香りが部屋に充満する頃には
インドの事などすっかり忘れてオーロラの炎を鑑賞していますが
着火してすぐの白い煙を見ていると感傷的な気分になります。

火葬の作業の合間の空いた炉から立ちのぼる白い煙。
何故現地人は自分に薪の量と貧富の差の話をしたのか?という謎。
コンクリートに棒を突き立てたような道具でトレーニングする人。
そしてその人の腕に着いた銀のカプセルについて訪ねて
それが大切な人の遺灰を入れて常に身に着ける物だということ。
それと同じ物を銀細工屋に買いに行ったら凄く安くしてくれたこと。
安宿の相部屋でアメリカ人とイギリス人がパンクロックの話をしてたこと。
次々と湧き出てくる思い出と、もう二度と行かないという思い。

今では信じれない話ですが
当時はインドに行くと言ったら送別会がありました(笑)
帰って来ても1週間ぐらい会いたくないと言う友人も居ました。

あの時インドを見た驚きよりも
あの時想像してた将来と現状とのギャップの方が
驚きははるかに大きいです。

しかしインドへの旅が現状の自分作りの始まりだったのでした。